先生紹介

自己紹介(亀井先生)

私は、刑法・刑事訴訟法を専攻しています。

刑法は、犯罪と刑罰に関する法律です。 ただ、このような説明では、あまりに形式的に過ぎるでしょう。 もう少し平たくいえば、刑法は、なぜ国家が個人に対して刑罰――それは、生命を奪ったり(死刑)、 自由を奪ったり(自由刑)するような重大な害悪です――を科すことが許されるのか(刑罰論)、 このような刑罰が科される犯罪とはどのようなものなのか(犯罪論)を扱う学問です。

犯罪論の領域では、たとえば、「殺人罪が成立するのはどのような場合か」 ということを考えます。殺人罪を規定する刑法199条は、 「人を殺した者」について殺人罪が成立する旨を規定しています。 このようなシンプルな規定について「考える」余地はないように見えるかもしれません。 しかし、ここでいう「人」とはどのようなものでしょうか。 法律の世界では、「人」という概念に、われわれのような人間(自然人)だけではなく、 「法人」も含まれる場合があります。殺人罪でいう「人」については、どうでしょうか。 刑法では、たとえば、このようなことを議論の対象としています。

これに対して、刑事訴訟法は、刑法を実現するための法律です。 憲法31条が適正手続の保障を定めていますから、刑罰を科すためには、 法律によって定められた手続が不可欠です。この「刑法を実現するための手続」を定めた手続法が、 刑事訴訟法なのです。

手続法は、刑法等の実体法と比べて、初学者には馴染みにくいかもしれません。 窃盗の場面や、アパートを借りる場面等、刑法や民法といった実体法で問題となる場面は、 おそらく少なからぬ人にとって具体的に想像しやすいでしょう。これに対し、刑事手続は、 逮捕や捜索といった一部の――いわばテレビでお馴染みの――ものを除けば、 これまでの生活の中で馴染みのないものが多いのではないでしょうか。

私自身は、このような、密接に関連した、しかし、性質をやや異にする二つの領域にまたがった 問題について研究を進めています。このような「二刀流」の研究者は、現在ではやや珍しいかもしれません。 このような研究スタイルになったのは、もともと、共同正犯という実体法上の概念について 研究しているうちに、共同正犯という概念が刑事手続においてどのように扱われ、 刑事手続にどのような影響を与えているかについても、関心を持つようになった、 という理由によります(もちろん、多分に偶然の要素もあります)。

研究会(ゼミナール)では、このような「二刀流」の研究者であるという特性を活かして、 幅広い視野からお話しすることができれば、と考えています。

なお、経歴や業績については、私個人のサイト( http://www.and.or.jp/~kamei/ )をご覧下さい。



入ゼミ希望者に対するコメント


はじめから抽象的な言い方になりますが、私は、研究会(ゼミナール)は、 多様な目的やバックグラウンドを有する学生が真剣かつおおらかに切磋琢磨できる場 であって欲しいと思っています。

このため、研究会がいわゆる「司法試験ゼミ」であることは望みませんし、 ただ卒業できればよいとだけ考える人が集まる場であることも望みません。理想的には、 民間企業への就職を希望する学生の数と進学を希望する学生の数が半々くらいで (選抜に際してそのような枠を設けるという意味ではありません)、お互いに自分の知らない世界を知り、 互に高め合うような場であって欲しいと思っています。

そもそも、学生生活とは、みなさんにとってなんでしょうか。 この問いに対しては多様な答がありうると思います。最近、私は、この問いに対して、 学生生活とは、社会に出て行くための準備期間であると答えることにしています。 卒業してすぐに就職する人にとってはもちろんのこと、進学する人にとっても、 いずれは社会で仕事をするわけですから同じことです。

さて、学生生活が社会に出るための準備期間であるとすれば、大学で何をどのように学ぶかは、 人それぞれでしょう。いかなるかたちで社会に出るかは人それぞれですから、 求められる準備の内容も一律ではありません。このため、大学で学ぶ意味も、 人によって異なることとなるでしょう。

ただ、その「意味」が、たとえば「単位を取得して学位を得るため」だけでは、 もったいないと感じます。漫然と4年間経過し学位記以外に得たものがなかったとしたら、 それは、貴重な時間とカネの浪費でしょう。人生においてなにごとかを成し遂げるために まとまった時間を費やせる機会は、そう多くはありません。

また、将来、法律に関する仕事に就こうとして進学を目指す人の中には、 目先の点を取るための勉強に囚われている人も見られますが(それは現在の諸制度を前提にすると やむを得ない面もありますが)、それだけでは少しばかり寂しく感じられます。 試験の点数に直結することでなくても、大切なことはたくさんあります(それは アカデミックなことであったり、その他のことであったりします)。

研究会が、多様な目的やバックグラウンドを有する学生が真剣かつおおらかに切磋琢磨できる場 であって欲しいと考える(あるいは夢想する)のは、このような考え方によります。

このような考え方に共鳴できる人をお待ちしています。

なお、司法試験ゼミを目指すことはありませんが、進学を目指す方には、 これまでいくつかの法科大学院(慶應義塾大学、東京都立大学/首都大学東京、横浜国立大学) で教壇に立たせて頂いた経験等を活かして、できる限りのサポートをしたいと思っています。